三連休ももう終わりです。
最終日は体を休めようと予定は入れないでおいたのですが、これがだんだんと具合が悪くなるわけです。
この現象は私だけなのでしょうか?
日用品など、買い物をしなくてはいけないものを買いに出かけました。
女性一人で買い物をしている人はたくさんいます。
ですが、私のように具合が悪そうには見えないんです。
自分に何が心を辛くさせているのか聞いてみたら
仕事がめんどくさいという思いと、世の中で自分だけが一人になってしまったような強迫観念も生まれているようでした。
自分の心の時間が巻き戻って主人がいた頃の私を求めはじめます。
そして、思い出す記憶は傷つけられた記憶で辛かったことが多いわけです。
主人が恋しいと思う瞬間は買い物に出かけた時なんですよね。恋しいというか、安心したいという思いというか・・・。
それでも、主人がもし生きていたとしたら離婚は避けられなかったと思うのです。
主人も開放されたいという思いでいろいろ動こうとしていたようなので。
私は主人の仕打ちに耐えられずに、人情沙汰になっていたのかもしれないとさえ思います。
そうならないための、神仏のジャッジだったと思うのです。
そう何度目かの思考の回路の中でまた味わう感情は、
「だったら何しても私は不幸な人生じゃない・・・。」
とまた自分の心を傷つけてしまう。
そう、全面的に主人が悪かった。その核心が持てないうちは後悔を繰り返し、心に自傷行為を繰り返しているんです。
休日は体は休めるけれど心は辛いんです。
今日気づいたこと、主人が死んだからしんどいわけではなく、いろんな要素が絡み合ってさらにつらくなっているという事。
自己分析ができただけ良いのかもしれません。
愛というものがもしわかるときが来たのなら、もしかしたらこの生に対して感謝が生まれる事があるのかもしれません。